1.はじめに
水質調査のように毎年同じようなことを繰り返す調査では、調査地点の名称や緯度経度など、特別な事情がない限り変更されない属性データがあります。これらが変更になっている場合は、入力ミスや転記ミスなど誤りであることが多いです。前年度と今年度のデータを付き合わせることで、このような変更箇所を抽出することはできますが、データ処理に慣れていない人にとっては簡単な作業ではありません。
AIを活用することで、この作業を簡略化できないかと考え、全国一斉水質調査の調査地点の緯度経度データを例として、移動した調査地点の検出を試してみました。その後、移動した調査地点の移動理由(記入ミスか実際の移動か)を推測するために、移動距離の計測と移動地点の地図上での確認をAIの支援の下で行いました。本稿はこの作業の要点をまとめたものです。なお、AIの場合、同じ指示(プロンプト)を与えても、同じ結果が得られるとは限りません。同様のことを行いたい場合は、やり方の趣旨を理解したうえで試みてください。
2.サンプルデータ
今回利用したサンプルデータは、2025年6月に行われた全国一斉水質調査で荒川流域ネットワークが取りまとめを行った際の一次データです。これは27の参加団体や個人の報告データを集めた資料で、多くの間違いが含まれているものです。
表1はその元データから、地点記号の列と緯度・経度関係の6列を抜き出したものの先頭部分です。元データは222行42列のデータです。AIに読み込ませるとき、データが多いと分析に時間がかかってしまいますので、地点記号の列と緯度・経度関係の6列だけを抜き出した「緯度経度データ.xlsx」ファイルを使用しました。
表1 使用した時刻データ(緯度経度データ.xlsx)の先頭部分
このExcel書類には「2024」と「2025」の2シートがあり、2024年のデータと2025年のデータが収録されています。なお、「2025」シートには、結果の受け取り方法の指示を簡単にするために、あらかじめ「移動の有無」列を追加しておきました。
3.Copilotを使った地点移動の検出
Excelを立ち上げ、先ほどのサンプルデータ ファイル「緯度経度データ.xlsx」を読み込みます。次いで、Copilotのチャットを開始し、そのメッセージ入力欄に以下のプロンプト(指示文)を入力しました。
プロンプト
このブックのシートは、「地点記号」で表される地点の緯度経度データを、「緯度(度)」「緯度(分)」「緯度(秒)」「経度(度)」「経度(分)」「経度(秒)」の6つの列値で表記しています。「2024」シートは2024年データを、「2025」シートは2025年データをまとめたものです。
「2025」シートの「地点記号」で表されるすべての地点について、以下の結果を「2025」シートの「移動の有無」列に書き込んだ表を作成してください。
1. 同じ「地点記号」が「2024」シートにないときは、「×」
2. 同じ「地点記号」が「2024」シートにあって、緯度経度データがすべて同じときは、「〇」
3. 同じ「地点記号」が「2024」シートにあって、緯度経度データのどれかが異なるときは、「移動」
Copilotは入力を受け付けるとしばらく考え込んだ後、以下の回答を返してきました。
Copilot
ご要望通り、「2025」シートの各地点記号について「2024」シートと比較し、「移動の有無」列に判定結果(「×」「〇」「移動」)を書き込んだ表を作成しました。
・「×」…2024年に存在しない地点
・「〇」…2024年と緯度経度がすべて一致
・「移動」…2024年と緯度経度のいずれかが異なる
判定済みの表は、以下のExcelファイルからダウンロードできます。
緯度経度データ_判定結果.xlsx
ご確認ください。他にも集計や可視化などご希望があればお知らせください。
この回答内の「緯度経度データ_判定結果.xlsx」のリンクをクリックすると、判定結果表のExcelファイルがWindowsの「ダウンロード」フォルダにダウンロードされます。表2はこの判定結果表の抜粋です。全体は222行あります。
この「移動の有無」判定結果の該当件数をまとめると表3のようになります。

表3 移動の有無判定結果 ×:新規調査地点、〇:昨年と同じ場所
緯度・経度が変わっているのは17地点、今年度新規に加わった調査地点は4地点でした。
4.移動地点の詳細情報の取得
上のCopilotの回答の後ろに「移動した地点の詳細を教えて」というプロンプト文を表示したボタンがありました。これをクリックして、このプロンプトを入力すると、移動した地点だけのデータを抽出して、2024年と2025年のデータを並べた表「移動した地点の詳細一覧」を示してくれました。
そこで「『移動した地点の詳細一覧』について、値が変わっているセルの値を赤字にしてください」と依頼したところ、次の表4の表を作成してくれました。
これを見るとほとんどは秒単位のずれで、大きくずれているのは3行目の1件であることが分かります。分単位のずれがあるということは、数値の記入ミスである可能性が高いです。
5.移動距離の取得
Copilotの場合、回答の後にボタン形式で次に依頼すると良いお勧めのプロンプト案を出してくれます。上の「移動した地点の詳細を教えて」もその1つでした。それ以外に「移動した地点の移動距離を計算して」というものもありました。そこで「上の移動した地点の詳細表を使って、移動した地点の移動距離を計算して」という依頼を行ってみました。その結果が表5です。
表5 移動地点の移動距離
移動距離を計算すれば、無視できる程度の違いか否か判断できる可能性があります。しかし、今回はそのようなわずかな違いは存在しませんでした。
6.地図を使って移動実態を把握
Copilotのお勧めプロンプトに、「地図を使って移動を表示して」というようなものもありました。そこで先の「移動した地点の詳細表」をExcelで表示し、以下のプロンプトを出してみました。
プロンプト
この表は地点記号で識別される地点の2024年と2025年の緯度経度を表しています。これらの地点がどこからどこへの移動かを地図上の矢印で示してください。
Copilot
ご要望の「2024年から2025年への各地点の移動を地図上の矢印で示す」可視化を試みましたが、地図画像の生成時に外部地図データの取得エラーが発生し、画像ファイルとしての出力ができませんでした。
ただし、各地点の2024年→2025年の緯度経度データをもとに、移動経路情報(矢印データ)はJSONファイルとして出力できています。
別の地図描画ツールや、Googleマイマップ等にこのJSONデータをインポートしてご利用いただくことが可能です。
そこで、Googleマイマップで移動地点を表示することとし、若干のやり取りの後、GoogleマイマップにインポートできるCSVファイルを作ってもらいました。Googleマイマップの使い方もCopilotに聞くことで比較的簡単に移動地点を表示するGoogleマイマップを作ることができました。このマップの一部を抜き出したものが、図1と図2です。ここで青のマーカーが2024年の位置、赤のマーカーが2025年の位置を表しています。
7.地点移動原因の推測
上で述べた地点移動地図を使うとかなりの程度まで地点移動原因を推測することができます。
(1) 緯度経度の修正
前年の場所より、川に近い、地点名称にある橋に近いなど、前年の緯度経度データをより正しいものに変更したと思われるケース。
(2) 調査位置の移動
調査位置を川の対岸に移したなど、多少調査場所を変更したと思われるケース。地点名称も変更されている場合が多い。
(3) 転記ミス
単純な入力ミスや他の調査地点の緯度経度を誤って記載したりしたケース。
上で検出された17個の移動地点について、上の3ケースに分類すると、以下のようになりました。
結局、修正しなければならなかったのは、転記ミスの5件だけでした。
8.むすび
本稿では、2時点の緯度経度データを使って、移動した調査地点の検出をAIで行いました。指示内容がシンプルであったこともあり、このケースでは1回の問い合わせで移動地点の検出を正しく行うことができました。
2時点のデータのマージは、vlookup() 関数を使えば比較的簡単にできることではありますが、ITに詳しくない利用者には難しい作業です。AIを使えば、誰でも自然文で指示するだけで、このような作業を簡単に行うことができます。ここで使用したやり方は、調査結果の異常値の検出などにも応用できるものであり、多くの分野で活用できると思われます。
また、本稿では単に移動地点を検出するだけでなく、移動が発生した原因(意図的な修正か、入力ミスかの識別)の推測にGoogleマイマップを併用する方法も紹介しました。このような複数ツールの連携による分析は、これまでは専門のリサーチャー以外には難しいものでした。AIが出してくれる「お勧め」と「やり方紹介」のおかげで、ツールの知識がない人でも比較的容易に取り組むことができるようになったように思われます。








